Professor Column
教員コラム

28.山田純平(国際経営学科): 会計と法律の接点

国際経営学科准教授 山田 純平

最近の企業会計の分野では、国際財務報告基準(IFRS)の問題が取り上げられることが多くなっている。そこでは、IFRSという国外からの圧力により、日本の会計基準がどのように変わっていくかが注目されている。

その一方で、IFRSの影響を受けた日本の会計基準が、他の法律と関係してくることも事実である。ここでは、対外的な問題としてIFRSをとらえるのではなく、IFRSの影響を受けた日本の会計基準が国内の法律とどのように関わってくるかについてみることにしたい。

法律との問題を考える際に、そもそも会計基準は法律の一部といえるのではないかという疑問が生じてくる。国が制定する法律とは異なり、会計基準は、民間の基準設定主体により設定されているので、法律の一部ではないといえるのかもしれない。しかし、会計基準と法律の間には、設定主体が民間か国かという点だけではなく、もっと深い考え方の違いがありそうである。そこで今回は、会計処理の問題が実際の裁判で議論された日本長期信用銀行の事件(以下、「長銀事件」という)を通じて、会計と法律の考え方の違いを検討してみよう。

長銀事件では、旧経営陣3名が1999年6月に逮捕され、第一審・第二審ともに有罪とされたが、2008年7月の最高裁判決において逆転無罪とされた。無罪判決が出るまでの約10年間、逮捕された旧経営陣やその家族にとっては大変な生活を強いられたことであろう。

この事件の裁判では、長銀の関連ノンバンク等に対する貸付金の償却額をいくらとするかが問題とされた。当時の商法(以下「旧商法」という)285条の4第2項によれば、取立不能な金銭債権がある場合は、回収不能な金額を償却する必要があると規定されていた。ところが、この規定からは具体的に償却額をいくらとするか示されていない。そのため、旧商法32条第2項に基づいて「公正なる会計慣行」を斟酌すべきこととなる。

旧長銀ビル

ここで、この「公正なる会計慣行」とは何かが裁判の争点となってくる。長銀が1998年3月期の決算を公表した時点においては、「公正なる会計慣行」がはっきりとしていなかったからである。これまで多くの金融機関は、法人税で損金算入される限度額まで償却処理するのが慣例であり(税法基準)、長銀もこの税法基準に従って会計処理していた。それに対して、1997年3月5日に当時の大蔵省から資産査定通達が出され、1998年4月1日から、新しい基準により償却処理することが認められていた(新基準)。

検察側の主張によれば、1998年3月期において、長銀は税法基準に従って6165億円の償却を行なっていたが、新基準に従って9295億6900万円の償却を行うべきであったとされる。また、長銀が算定した利益に基づいて、株主に約72億円の配当を支払っていたが、これは違法配当であると検察側は主張していた。

東京地裁と東京高裁では、「公正なる会計慣行」は新基準のみであると考えられ、長銀の旧経営陣に有罪判決が言い渡された。それに対して、最高裁では、新基準を適用していたのは、長銀を除く18行中4行に過ぎず、過渡的な状況であったことから、税法基準も「公正なる会計慣行」と考えられ、旧経営陣は無罪とされた。

長銀事件については、法律学の立場からいくつかの解説が出されているが、企業会計の立場から目を引くのは、ルールにどれだけ裁量を認めるかという点である。この事件では、昔からの税法基準による償却処理を認めるかどうかということが争点とされていた。少なくとも第一審・第二審の判決をみる限り、法律の世界では、ひとつの事実に対してはひとつのルールが適用されて結果が導かれるべきという考え方が前提とされている。そのため、ルールのなかで裁量は認められていないと考えられる。たしかに、ルールに裁量を認めすぎて、黒いものでも白いものであると言われたらたまったものではない。

しかしながら、企業会計のルールには、こうした裁量を認める場面が数多くある。たとえば、減価償却の方法であったり、売上原価の算定方法であったり、いくつかある方法から経営者が選択するという余地を残している。それは、経営者の裁量には何らかの情報価値があり、投資家にとっても、そうした情報が有用であると考えられているからである。

長銀事件においても、こうした会計ルールにみられる裁量が認められるかどうかが問題とされていた。企業会計においては、裁量が認められるルールのうち、どれを採用したか明示していれば自由に選択できる。長銀も税法基準で償却処理することを開示していたので、認められたルールのうちのひとつを選択したと考えたのであろう。

今後も裁量のあるルールを認めるかどうかという点で争われるケースは出てくるものと思われる。事実、長銀と同様に、日本債券銀行の旧経営陣3名が不良債権処理で逮捕された事件があったが、この事件も2009年12月7日に最高裁では東京高裁の有罪判決が差し戻され、2011年8月30日に東京高裁で逆転無罪が言い渡された。また、不良債権処理ではないが、三洋電機においても、子会社株式の減損処理の過小計上を理由に株主が旧経営陣に対して賠償請求を求めた事件があったが、大阪地裁は2012年9月28日にその請求を棄却している。ここでも、減損処理における経営者の裁量が問題となっている。

以上のように、長銀事件では、ルールに裁量を認めるかどうかという会計と法律の考え方の違いが問われたケースといえる。これからも、こうした会計と法律の考え方の違いが顕在化するケースについて注意してみる必要があるであろう。