Professors' Column
教員コラム

15.中尾茂夫(経済学科): 現在進行形としての福島原発事故

経済学科教授 中尾 茂夫

 3.11という未曽有の大震災に続く福島第一原発事故で、日本が滅亡に向かう瀬戸際にあったことは間違いない。それは、福島第一原発の1号機や3号機が爆発炎上する光景に象徴されるが、『朝日新聞』(2013年1月3日&4日)の記事によれば、アメリカは直後に、最も危機が切迫しているのは4号機だと特定したうえで、危機回避策の検討を、日本に要請したという。4号機問題とは、当時1,535本という膨大な数の核燃料棒がプールに入っており、プールの水がなくなって冷却不能に陥れば、メルトダウンは避けられないことである。4号機がメルトダウンを起こせば、福島第一原発のみならず、第二原発も危険で、東京ですら、居住不能になる。上記『朝日』記事によれば、このワシントンの情勢分析を、駐米日本大使は極秘で日本官邸へ打電したという。それを受けた日本の対応は、何とも要領を得ないもので、アメリカ側の苛立ちを報じている。
 爆発直後、「日本がサバイバルできるかどうかの問題」(『朝日新聞』2013年1月7日)だと、米国務省国務次官補のカート・キャンベル氏は言い切った。危機の所在を認識したアメリカと、現場作業員の人海戦術に頼る日本との格差はあまりにも大きかった。
 この4号機問題は、アメリカの原子力専門家のアーニー・ガンダーセン氏が著した『福島第一原発-真相と展望』(集英社新書、2012年2月)によって、周知になったが、その要点を大手メディアがあまり報道しなかったためか、国民の危機感は薄いように感じる。また、ガンダーセン氏は、2012年8月から9月にかけて訪日し、当該問題が現在進行形であることに警鐘を鳴らしたが、これも、大手メディアで、ガンダーセン氏の警鐘そのものが取り上げられることはほとんどなかった。筆者自身も、新聞ではなくネットで知った。むしろ、当時の野田首相が2011年12月に発した収束宣言によって、原発事故は終わったと勘違いしている者も少なくない。
 筆者は、2012年9月に、いわき市を訪ね、原発近辺の住民の避難先として最大のいわきを見て回ったが、各ホテルに会社単位の作業員や技術者が宿泊し、かれらが原発の作業現場までマイクロバスで通うという日常が繰り返されていた。
 それは、軍事力に基づく科学技術のレベルの違いなのか、それとも、情報収集力(上記『朝日』によれば、ワシントンには、東電が福島第一原発からの撤退を申し入れたという情報も入っていたという)に基づく認識レベルの違いなのか。3.11後、2年近くが過ぎ、国際問題も連続して起こった。2011年8月には史上初の米国債格下げが起き、第2期オバマ政権でも、アメリカの財政問題(「財政の崖」)は続く。最大の貿易相手国である中国では尖閣諸島問題を契機に、反日デモが続き、習近平新政権の姿勢に注目が集まる。韓国とも竹島問題を抱え、その他、ユーロ不安や中東情勢からも目が離せない。2012年12月には、再登板となった自民党安倍政権が、早々に、「福島とは異なる原発を作る」という決意を表明した。2013年に入って、株価や円安で景気回復を期待する声が巷に溢れるなか、ますます福島原発問題への関心がトーンダウンされた感は否めない。
 しかしながら、放射能は、今も福島原発から噴出し続け、問題は収束してない。住民の健康被害が心配される放射線量の多い地域(ホット・スポット)も数多い。除染作業の効果も疑わしい。たとえ巨大な地震や津波が来なかったとしても、連続する余震で弱体化したプールが崩壊し、そこからの放射能漏れを止めることができなくなれば、過酷事故が起こる可能性は依然として消えていない。そういったなかでの小康状態を保っているにすぎないという認識があまりにも希薄なのではないだろうか。それとも、こういう認識そのものが、危機を煽るだけの大袈裟な言い草なのだろうか。
 なぜ4号機は核爆発を免れたのか。情報通として名高いジャーナリストの高野孟氏が、簡潔に、2つの偶然が幸いしたからだと、明かす。3.11当日は4号機の建屋内の工事中だった工期が延びプール回りの水を普段入れないところまで注入していたため、電源が停止してもまだ水があったこと。プールの仕切り板が地震の揺れでズレて、隙間ができたために、貯めてあった水がプールの中に流れ続け、電源が止まって水の循環ができなくなってしまったにもかかわらず、水の補給が可能になったこと。この2つの好運な偶然こそが、東京の壊滅を防いだのだ、と(鳩山由紀夫&高野孟『民主党の原点』花伝社、2012年)。
 日本壊滅の可能性の存在を、アメリカが知り、官邸も知っていた。そして東電トップも知っていたはずである。そうすると、原発事故直後の菅首相(当時)の異様なほどの狼狽ぶりが納得できる。この高野氏の論評は、読まれるべき労作である。
 はたして、自民党政権で再登板した安倍政権は、この好運な偶然が重なった非常時の内幕を知っているのだろうか。筆者のフクシマ認識については、『決断できる日本へ-3.11後の政治経済学』(七つ森書館、2012年)をご参照いただければ幸いである。

(2013年1月)