Professors' Column
教員コラム

37.村田玲音(経済学科): 他愛のない数の話

経済学科教授 村田玲音

 世界最古の理論的な数学書といえば、ユークリッドの『原論』である。この本は古代ギリシャで書かれたもので、13巻から成っている。ところが詳しく調べてみると、この13巻は同時期に書かれたものではなく、成立年代が色々異なっているらしい。このため『原論』は一人の著者の書いたものではなく、当時幾つか流布していた数学書をエウクレイデスという数学者が編纂したものではないかと考えられている。
 『原論』の中で最も古い部分は7巻から9巻までで、ここには数に関することが整然と記されている。古代ギリシャ人は《素数――1とそれ自身でしか割れない自然数》というものを定義したし、《素数は無限に存在する》という定理や《素因数分解の一意性》なども、この部分で証明されている。ユークリッドの数学というと、しばしば初等幾何学が連想されるが、彼らは同時に初等整数論も産み出していたのである。素数はギリシャ人の発見以来、常に数学の中心テーマであり続けてきたが、彼らは素数以外にも、色々奇妙な数を考えだした。たとえば《完全数》。
 28の真の約数は、1,2,4,7,14で、これらを合計すると元の28になる。このように、『真の約数の合計が、元の数と等しくなる自然数』を彼らは完全数と名付けた。6もそうだし、28の次は496が完全数である。ギリシャ人の感覚によれば、外見(28)と中味(1,2,4,7,14)が完全に一致した理想的な数ということらしい。
 『原論』の数論に関する部分は、今読んでみても非常に面白いのだが、同時に奇妙な感覚につきまとわれてしまう。どうしてもこれが2300年も前に書かれた書物だとは思えない。異様にモダンな印象を受ける。その理由はたぶん、彼らが何の役にも立ちそうにないことを真剣にかつ理路整然と考えているからではないかと思う。現代の数学は古代ギリシャの理論数学の直系の子孫なので、基本的に数学者は何かに役立てようと思って数学をしているわけではないし、何の役にも立たないことを真面目に考えるのが大好きである。同じ感覚を持って《数》に接している人々に対して、我々数学者は同時代人のような親近感を感じるのであろう。
 私の専攻は整数論で、いわば『原論 7巻~9巻』のはるか延長上のような問題を考える分野である。私は小さい時から数字にはかなり興味をもっていた。中学生のとき、道を歩いていて「自然数を二乗するとなぜか5の倍数±1になる(ただし5の倍数の二乗は別)」ことに気がついて、あのときはとても吃驚した。22=4=5×1-1、32=9=5×2-1、42=16=5×3+1、62=36=5×7+1、…。こうなる理由はすぐに分かったけれども、なぜ、二乗して5の倍数+1になる数は存在するのに+2となる数が存在しないのか、数の世界に突然現われた《奇妙な不公平》が非常に不思議だったものだ。
 今でも数に対する興味は残っていて、電車に乗ると切符の番号、道を歩いていると自動車のナンバープレートがちょっと気になる。ナンバープレートが24-68番の車のすぐ後ろを13-57番の車が走ってきたりすると平静ではいられないので、私は免許は持っているけれども車は運転しないことにしている。
 さすがに完全数はマニアックすぎて、これについて真剣に考えたことはないけれども、素数の方はずっと私の身近にあった。いつの頃からかは分からないけれども、「自分の年齢が素数のときには好いことがある」ことに気がついた。小学校に入ったのが5歳、中学校が11歳、17歳で大学、19歳で数学科に進学… これは全部素数である。23歳の時には好いことがあったのかどうか、ちょっと想い出せない。ただし、私が明治学院に就職したのは28歳のときで、これは上に書いた完全数である。縁起がいいのか悪いのか…? 完全数はサンプルが少なすぎて分からない。素数は大きくなるにしたがってだんだん疎らになっていくことが知られている。確かに人生、年を取ると好いこともだんだん少なくなってくるからなと、《素数定理》の意味を自分流に奇妙に納得したりしている。
 私は妻と息子の三人暮らしなのだが、先日、3人の年齢が全部素数になっていることに気がついて非常に驚いた。私の誕生日から息子の誕生日までの約2か月間だけ、三人とも年齢が素数という珍しい期間があった(私の年齢だけ明かしても、他の二人の年齢がほぼ同定できてしまうので、詳しくは省略する)。夫婦二人でしかも誕生日がずれていれば、「二人の年齢がともに素数」というのは、そんなに珍しいことではないのだが、三人となるとかなり珍しくなる。息子が調べてみてくれたところによると、私の家族で次に同じ現象が起きるのは、私が107歳の時だそうだ。ここまで行くのはちょっと難しいと思うが、60くらいからあとに比較的素数がたくさんあるのは、私にとっては大いに心強い。59歳、61歳、67歳、71歳、73歳… 来年がこれに当たっているので、今からちょっと楽しみである。