Field Study of
Economics Department

経済学科のフィールドスタディ

2015年度 <中国FS> 学生報告4

「フィールドスタディCで感じたこと」

フィールドスタディCの授業で中国へ行き、それは私にとって大変貴重な体験となった。現地に直接行ったので、メディアの偏った知識ではない。二週間という短い期間であったため、まだほんの一部だとは思うが、真の姿の中国について知ることができた。一部とはいえ、今までの凝り固まった考え方を変えるには十分であった。

まず感じたことは、中国は無駄な規制が少なく、自由な国であるということだ。交通においては、信号が赤でも右折は可能。さらに人優先といったものはなければ、車優先といったものもない。これは肯定的にとらえるつもりもないが、自由という一つの例である。事故が多発してどうしようもないならともかく、社会がこれで普通に成り立っているので変える必要はないのである。実際、私も体験してみて最初はかなり戸惑ったが、このプログラム終盤には特に気にすることはなくなった。

タクシーの文化がかなり柔軟なことも特徴にあげられる。バス等と比べると割高だが、基本的に交通の費用が極めて安価なことから、人々のタクシーの使用頻度は高い。白タク行為も普通に行われている。中でもスマートフォンを使ったサービスが充実していて、電話ですぐに呼ぶことができるのはもちろん、料金をモバイル支払いができる。現地でタクシーを終りる際、お金を払おうとしたら、ゼミの仲間に「お金はもう払った」と聞かされた時は、してやられた。良いサービスである。また、長沙ではほとんどの人が白タクをはじめとした副業をしているという。勤務態度も様々で、聞いた話だとネット販売が一番盛んな時間は夜ではなく勤務中の時間であるという。働き方も自由である。

タクシーの話に合ったように、お金のやり取りが柔軟であることも特徴だ。中国のコミュニケーションアプリ「WeChat」では賭け事等をした際に、スマートフォン上でお金の受け渡しができるという。個人間のスマートフォン上でのお金のやり取りは日本では考えられない。しかしこのサービスは未来的で、データ化が進めば将来的に紙幣はなくなり、外貨の交換も不要になってより便利なものになるかもしれない。うまく利用すればとても便利なサービスであると感じた。

地方による物価の違い、路面のうねり等から、格差や未発達な部分も見受けられた。ここまで自由であると述べてきたが、それは未発達故のただの未整備と言い換えられる部分も実際にはあった。急速に成長し続けている中国は10年後には全く違う国になり、そのような部分は消えているかもしれない。しかしその時、日本のようにくだらない規則ばかりに縛られることのないことを願う。

格差、格差と問題によくなるが、それは必ずしも悪いことではない。現に多忙な北京での生活を嫌って地方で質素な暮らしをしている人も多いという事を聞いた。何が幸福かは人によって違う。格差をなくして皆同じ環境に住めたとしても、皆がその環境を幸せと思うとは限らないのである。私は規則でガチガチに固められることのない、自由な中国に魅力を感じた。

次に感じたことは、一般的な日本人の中国への認識はずれているという事である。
日本国内にいるときはメディアによる情報がほとんどを占めるのでメディアの言っていること=真実となってしまう。最近では中国の事となると、ほとんど反日の様子しか報道されないので、中国の人はもっと強烈に日本人を嫌っていると思い込んでいた。

しかし実際に行ってみると、日本人だからと変わった態度をとられることはなかった。ほとんどの店では中国人と同じような接客をうけ、中には私が中国語を理解できないことを気遣って、優しくジェスチャーやメモを使って伝えてくれる場面も多々あった。商売柄とも思うが観光地では表示より安くしてくれたり、一個おまけ等のサービスもあり、値段交渉の会話も楽しむことができた。この柔軟なサービスは日本ではもうあまり見ることのできないように感じる。中国の国民性に触れることができた気がした。人と人の個人間では隔たりはない。

特に日本について知識を持っている人々はとても友好的であった。北京大学の学生、長沙の農業大学の学生、上海の学生は皆友好的であったのはもちろん、日本が好きといっている学生も多かった。大成法律事務所のサイさんは、日本を訪れたことで日本への印象が変わったという。また多くの人が実際に日本へ行くと、思っていた国と違う印象を持つらしい。

教科書やメディアがお互いの悪い面を強調するため、相手の悪い面しか見ることができない。それとは逆に自分がやってきた面を詳しくやらないため、どちらも被害者であると主張し、いざこざが起きる。私も実際に中国の戦争記念館に訪れた時初めて少し中国の戦争感を知った。ブースの展示の仕方でどの出来事を強調したいかはすぐに察することができた。南京大虐殺についてある。

この出来事は日本人にとっての原爆投下と同じほど、いやそれ以上の認識であることは間違いない。「現代文明史上最暗黒・・」という書き方からもよく分かる。原爆は日本人に相当なショックを与えたが、決してされて当たり前とは思わないがそれなりの事をしてきたし、アメリカにとってはそれで戦争を終わらせることができたという名分がある。しかしこの事件によって得るものは何もない。中国がこれほど重く受け止めている事件であるのに、教育の過程で習うのはあの程度で良かったのか、と疑問に感じた。その辺に摩擦が起きる原因があるのではないか。

現地に直接訪れることで初めて本当の姿を見ることができ、相手がどう思っているのかに近づくことができる。実際にいった事が無くては中国を語ることはできないはずだ。知ること、実際に体験してみる事の大切さが身に染みた12日間となった。