2026年6月22日 経済学部
【ゲスト講演者】
有限会社沼田(おだし香紡) 四代目
沼田 行雄(ぬまた ゆきお)様
【ゼミの概要】
今回の公開ゼミでは、1934年にルーツを持つ老舗企業「有限会社沼田(おだし香紡)」の四代目である沼田行雄氏(以下、沼田氏)をお招きし、「ファミリービジネスにおけるアントレプレナーシップ」をテーマにご講義いただいた。講義では、伝統的なだし文化を大切にしながらも、時代に合わせて新しい価値を生み出し続ける経営姿勢について、実体験を交えながらお話しいただいた。
沼田氏は、「日本のだし文化を正しい知識と共に次世代へ継承する」という理念を掲げ、「出汁の魅力を発信しつづける出汁専門店であること」ことを目標としている。その実現に向けて、情報サイト「まいにち、おだし。」の運営、体験型のだし講座、地域事業者とのコラボレーション、外部パートナーとの連携など、多面的な情報発信に取り組んでいる。
沼田氏の講義の中で特に印象的であったのは、「アントレプレナーシップの敵」という考え方である。沼田氏は、企業変革を進めるうえで向き合うべき要素として、主に四つの視点を挙げた。
第一に、「変化への抵抗」である。入社後、倉庫の管理方法、スケジュール共有のデジタル化などに取り組むなかで、長年続いてきた仕事の進め方を変える難しさに直面したという。慣れ親しんだ方法には安心感がある一方で、組織が成長していくためには、現場の不安にも向き合いながら、少しずつ仕組みを整えていく必要があることが示された。
第二に、「既存の関係性との向き合い方」である。沼田氏は、長年の関係性を大切にしながらも、「これまでの付き合いがあるから」という理由だけで判断するのではなく、自社の目指す方向性や提供したい価値に合うパートナーと組むことが重要だと述べた。例えばデザイン面では、ブランドの世界観をより洗練されたものにするため、専門性や提供価値を基準に依頼先を見直したという。価格だけではなく、価値を基準に判断する重要性が語られた。
第三に、「戦略の敵」である。沼田氏は、「戦略とはやらないことを決めること」だと強調した。海外展開や大量流通など、一見すると成長機会に見える選択肢であっても、現時点の自社のブランド価値や経営資源に照らして、慎重に判断する必要があるという。中小企業の限られた経営資源を集中させるためにも、取捨選択が重要であることが示された。
第四に、「自分自身への敵」である。過去の成功体験に縛られる「成功の罠」や、完璧を求めすぎることによる意思決定の遅れなど、自分自身の考え方も経営の障害になり得ると述べられた。経営においては質だけではなくスピードも重要であり、まず行動し、その後改善していく姿勢が必要であると語られた。
また、自社ならではの価値の伝え方についても興味深い話があった。中小企業は大企業のように大きな広告費をかけることが難しいため、自社の強みや独自性をどのように伝えるかが重要になるという。その代表例として、「コーヒードリップでだしを取る」という企画が紹介された。これは日常の中で得た着想をもとに、自ら試行錯誤を重ねて生まれた取り組みであり、だしの楽しみ方を分かりやすく伝える工夫として印象的であった。この取り組みは多くのメディアでも紹介されたそうだ。
ディスカッションや質疑応答のなかでは、経営における「偶発性」の重要性も大きなテーマとなった。日本一の品揃えを実現するために取り扱った珍しい出汁の1つが、思いがけない出会いや新たな機会につながっていったエピソードは印象的であった。沼田氏は、経営においてファクトやロジックは重要である一方、人との出会いや予想外のつながりといった偶発性までは予測しきれないと述べた。AI時代においても、人間関係を築き、それを大切にする姿勢は代替できない価値を持つのだと感じた。
また、ファミリービジネスにおける意思決定についても議論が行われた。沼田氏は、限られた経営資源のなかで変革を進めるためには、経営者が方向性を明確に示し、組織全体で仕組みを整えていくことが重要だと語った。一方で、変化に対する不安や抵抗が生じることもあり、組織改革には合理的な判断だけでなく、丁寧なコミュニケーションと覚悟が求められることが示された。
最後に学生へ向けて、卒業論文や大学での学びについての話があった。社会に出ると、「何を学んできたのか」を問われる機会が多くなるため、卒業論文に取り組むことが重要であると助言をいただいた。また、自ら問いを立て、考え、行動する力を大学生活の中で身につけてほしいというメッセージが送られた。
今回の講義を通じて、アントレプレナーシップとは単に新しい事業を始めることではなく、自社の強みや大切にしてきた価値を見つめ直し、変化に向き合いながら未来に向けて行動し続ける姿勢であると学んだ。
【講義の感想】
今回のゼミを通じて、アントレプレナーシップの本質とは、単なる新規事業の立ち上げではなく、既存の組織や自分自身の内側にある「変化への抵抗」と向き合い続ける「覚悟」であると学んだ。特に、ファミリービジネスという保守的な側面を持ちやすい環境において、ロジカルな経営判断と、人間臭い「縁」や「こだわり」を両立させている沼田氏の姿勢に深い感銘を受けた。最も印象に残ったのは、「偶発性」を価値に変える力である。エソという一つの素材へのこだわりが、予想外な展開を生んだエピソードは、日々の丁寧な仕事と、そこから生まれる信頼がいかに重要かを物語っている。ロジックを極めた戦略コンサルタントの視点を持ちながらも、ロジックを超えた「人との繋がり」に経営の真髄を見出す沼田氏の言葉は、これから社会に出る私たちにとって非常に重みのあるものであった。また、経営者としてのリアリティある責任が感じられたことも大きな学びとなった。トップダウンの仕組みでシステムやルールを変えるというアプローチは、非常に合理的で再現性が高い。一方で、その決断の背景にある「会社を守る」という経営者の孤独な覚悟にも触れることができ、企業の在り方について多角的に考える機会となった。 最後に田原慎介教授と共に語られた「学び方を学ぶ」という言葉は、大学生活の後半を迎える自分にとって非常にタイムリーなアドバイスであった。知識を消費する側ではなく、自ら価値を創造する側へ回るために、残りの学生生活で「問いを立て、解決する力」を養っていきたい。沼田氏の情熱と冷静な分析が入り混じるトークは、自身のキャリア観をアップデートする貴重な体験となった。